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八角理事長が大相撲春巡業中にまた謝罪!気になる八角理事長の現役時代とは?

芸能情報
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こんにちは、たかまるです。

皆さんは『相撲協会』という言葉を聞いたときにどんなイメージを持ちますか?

最近ですと何かと話題の貴乃花親方の年寄り降格騒動やちょっと前ならば日馬富士の暴行事件などが一番印象に残ってしまっているのではないでしょうか?

私も一相撲ファンとしては残念な限りですがこれだけ続いてしまうと叩かれるのはやむなしなのかもしれません。

そんな中、今日は貴乃花親方と仲が悪く最近が最近なのもあり何かと叩かれている八角理事長の現役時代について調べてみました。

八角理事長
本名 保志 信芳
年齢 54歳
身長 181㎝
体重 150㎏
BMI    45.79
健康大丈夫?

小学校時代から当然相撲が強かった為、当時の北の富士から九重部屋に勧誘を受けていたそうです。

相撲のエリートコースですね。

中学生の時には、既に九重部屋に通いあの名横綱『千代の富士』と稽古をしていたようです。

中学を卒業した1979年の三月に初土俵に上がり『花のサバンナ組』と言われていたそうです。

その中には、後の横綱双羽黒がいたり、有名なプロレスラーの安田忠雄などがいました。

1983年の三月場所に19歳で新十両になり当時は一学年上の大乃国が同じタイミングでの新入幕で、出身が同じ北海道の十勝地方なのもあり同郷のライバルと言われていたそうです。

1985年位から三役での好成績が目立ち始め将来の大関候補と言われていたようです。という事は、横綱まで上り詰められるような器には見られていなかったんですね。

1986年の五月場所に11勝4敗という成績をおさめ直近の三場所合計で32勝をあげる活躍をしたのですが、当時大関が五人も居たことや五月場所の終盤の優勝争いから完全に脱落したなどの理由により大関昇進は見送られてしまいます。

大関昇進するまでにはかなりご苦労されたのですね。

しかし1986年の新年会にていつまでも関脇維持ではかっこうが悪いと言い、大関昇進を目指すと目標を掲げていたのもあり、翌七月場所も12勝3敗の好成績をあげて、関脇で三場所合計36勝の好成績により異議なしで大関昇進を果たしました。

大関昇進後は四場所目の1987年三月場所にて上位陣総崩れと言われたなか12勝3敗の成績ながらも6場所ぶりの優勝を飾る。

成績や実力的には『横綱昇進は微妙』と世間からは言われていたが、八角理事長の稽古熱心な所と品格の良さが横綱審議委員会から高評価を受け大関5場所目にして横綱昇進を果たした。

私なんかですと強い横綱というと千代の富士だったり貴乃花、曙、朝青龍、白鵬がぱっと出てくるのですが、八角理事長(北勝海)という横綱がいたのは知りませんでした。

感想としては、現役時代の強さは貴乃花親方などには及ばないけれども稽古熱心な所や品格の良さで評価された方なのですね。

普段テレビで見かけるといつも怖そうな表情で会見しているイメージしかないのですがもう少し世間に上手にアピールしていくと評判も上がるのではないかと記事を書いていて思いました。

相撲自体は大好きなので是非是非、八角理事長には頑張って頂いていい方向に行くことを願っています。

今日も最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

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